『検証 陰謀論はどこまで真実か』(2011年1月出版)の正誤表をまとめたページです。今後、訂正がある場合はこのページに追記していきます。なお以下で赤字の箇所は、まだ最後に増刷された版でも未訂正の部分です。お詫び申し上げると共に、次回増刷の際は必ず訂正します。

P.4「まえがき」のあとに以下の注意書きを追加。
付記・本書ではフリー百科事典のウィキペディアを参考資料に載せている項目もありますが、これはもっと詳しいことが知りたいという読者の皆さんに、わかりやすいまとめサイトとして活用していただくために載せています。ウィキペディアは調査の際の取っ掛かりや入り口として活用すると大変便利です。

ただしウィキペディアは不特定多数の人によって編集可能であるため、その情報は正しくない場合もあります。本書の担当者はウィキペディアを参考にする際は出典までさかのぼり、念のため別の資料も調べて確認を行っています。読者の皆さんもウィキペディアを参考にされる際は出典までさかのぼるか、他の資料も合わせてご確認されることをお勧めします。

P.11の上段8行目
100年→1000年

P.23の下段9、12、13行目
シャフ→チャフ

P.87の下段5~6行目 ※関連する見出しの変更は増刷の際に考えます
実はその大部分は自衛隊の洋上調査と墜落現場での捜索とで回収されている
→大きな破片が自衛隊の洋上調査と墜落現場での捜索とで回収されている

P.89の下段5行目
厚生労働省→総務省

P.119の上段4行目。
7枚のうち→入手した7枚の写真のうち

P.120の下段2行~9行目。下記の色がついている箇所を追記。
また、陰謀論者は、佐村を書誌学者として有名な博士だったとするが、佐村は「博士」になっていないし、大学で教鞭を執ったこともない。一時期、東京府城北尋常中学校(現・東京都立戸山高等学校)に勤めたことがあるくらいである。中学教員出身の在野の人物では『上津文』潰しの「犯人」としてはふさわしくないので、佐村をアカデミズムの一員として、その権威で「偽書化」されたことにしたいための文飾か勇み足だろう。

P.155の上段、後ろから7行目
(変更前)
最近自分はアメリカへの入国禁止令が解け、幅広い取材が可能になったので、支援(金)をお願いするという内容だった。

(変更後)
スペースを確保するため「アーヴィングからの手紙」の見出しをカットして
「米現政権が自分の永続入国ヴィザを認可し、最近アメリカで講演旅行をこなし、旧著も復刊し好評であったが、自分のホームページがハッカー攻撃を受けサイトが荒され個人情報が盗まれ、カード契約の更新も家族のペイパルの更新も断られた。これは自分と敵対する某国家(手紙では実名)の仕業だと思う。歴史の真実追及活動のため、『アーヴィング闘争基金』へ募金をお願いする」という内容だった。

P.209の参考文献に以下を追加
『FIX‐世界麻薬コネクション』(ブライアン・フリーマントル、新庄哲夫訳、新潮選書)

P.259の9行目
当事者といえる西川氏に取材を行った。
→当事者といえる西川氏に2010年8月に取材を行った。

P.264の下段9行目、P.265の下段後ろから4行目
宇宙防衛計画(SDI)→戦略防衛構想(SDI)

P.270の上段7行目。
Space Defense Initiative → Strategic Defense Initiative