本城です。

昨日の10月21日に、アメリカの哲学者で懐疑論者のポール・カーツが86歳で亡くなりました。(記事)

彼はアメリカの懐疑団体サイコップやCFIの初代会長をはじめ、アメリカ・ヒューマニズム協会の会長、『ヒューマニスト』誌の編集長、懐疑的な書籍を数多く出版する出版社プロメテウス・ブックスを設立するなど、近代の懐疑主義の歴史において、非常に大きな役割を果たした人物でした。

2000年に『Skeptical Inquirer』誌が行った20世紀の懐疑論者10傑のアンケートでは、カール・セーガンに続く4位にランクインしていたほどです。ただ日本では翻訳本が一冊もなく、超常現象の調査者としての活動も実績もあまりなかったためか、日本の懐疑論者の間では比較的地味な存在でした。

しかし、哲学者として世俗的ヒューマニズムの普及に貢献した役割は大きなものです。また個人でバラバラに活動していた懐疑論者たちをまとめあげ、各種団体を設立し、情報発信の場を提供するなど、そのマネージメント能力も素晴らしいものがありました。

とはいえサイコップ設立当初は、理想は立派だが中身が伴わない否定派集団、などの批判をよく受けて槍玉にあげられることもしばしばで、ときには訴訟沙汰にまでなることもあったようです。

また晩年は、行きすぎた無神論原理主義の台頭にも頭を悩ませていたといいます。若手の中には、宗教を信じていること自体がけしからん、と考えている一派も出てきて、彼らが圧力団体のように振る舞う機会があることに危機感を抱いていたと聞きます。

おそらく本人としては、まだやり残したことがあったのでしょう。志半ばで去ることに無念な気持ちがあったかもしれません。けれどもカーツがいなければ、海外での懐疑主義の活動は現在ほどの発展がみられなかったはずです。おそらくASIOSもできなかったでしょう。

そういう意味でもカーツには感謝しています。ありがとう。そして彼の死に、心から哀悼の意を表します。