本城です。

今回は私の好きな人物の一人、ハリー・フーディーニを紹介したいと思います。彼は1900年頃~1920年台にかけて活躍したアメリカの有名なマジシャンで、後年はスピリチュアリスト(心霊主義者)の詐欺行為を暴き続けたことでも有名です。

マジシャンとしての人気・知名度はおそらく歴代No.1。アメリカの『Inside Magic』誌が2004年に行った人気投票では、「伝説のマジシャン」部門で見事に1位。フーディーニが得意としていたマジシャンと助手が一瞬で入れ替わる「メタモルフォーゼ」も、「ベスト・マジック」部門で1位となっています。

また、この投票ではエントリーされませんでしたが、フーディーニが最も得意としていた脱出技も有名です。彼の場合、「正常に機能する手錠であればどんなものでも開けてみせる」と豪語し、実際、観客が持参してきた数々の手錠を自分の手にかけ、ことごとく外してみせました。

また警察に挑戦した際には、フーディーニの主張(手錠からの脱出)にキレた警官たちが、愚かさをわからせるために柱を抱え後ろ手にした状態で手錠をし、すぐに部屋を出ようとすると誰かが彼らの肩を叩きます。振り返るとそこには手錠を外して微笑んでいるフーディーニが。あまりの早業にその警官たちは驚愕しきりだったといいます。

またヨーロッパで公演するときは、必ずその国で実際に使われている監獄からの脱出を行っては新聞の一面で取り上げられていました。

そうして不可能からの脱出を続けるうちに、彼はいつしか「脱出王」と呼ばれるようになり、一部のスピリチュアリストたちからは「監獄や手錠からの脱出はフーディーニが霊媒だったからできたのだ」と言われるまでになります。

実際、スピリチュアリストとして有名なアーサー・コナン・ドイルは、その著書『コナン・ドイルの心霊ミステリー』の第1章で、大真面目に「フーディーニ=霊媒」説を展開しています。

しかし、こういったスピリチュアリストたちの反応に対して、当のフーディーニは冷ややかです。

「マジックが人間による技であることを全然教わったことがないのだから、ドイルを騙して信頼を勝ち取るなんて赤子の手をひねるように簡単なことだ」

ニセ霊媒師に対して

フーディーニが書き残した手紙などによると、彼は死後の生命というものを信じていたようです。しかし、人を騙して食いものにするニセ霊媒師に対しては強い怒りを感じていました。

当時のアメリカではスピリチュアリズム(心霊主義)が大流行しており、いたるところで降霊会が開催されていました。フーディーニもそういった流れの中で1920年頃から心霊主義に深く関わるようになっていきます。

しかし本音では死後の生命を信じていても、彼の前に現れるのはニセ霊媒師ばかり。彼は信じているからインチキを見逃すのではなく、それを徹底的に暴いてニセ霊媒師と闘う道を選びます。

フーディーニが暴いた霊媒師は数百人にのぼると言われ、当然のことながら霊媒師たちからは目の敵にされました。全盛期の頃はアメリカ全土だけでなく、フランスのパリでも抗議集会が開かれたそうです。さらに裁判では総計100万ドル以上にのぼる訴訟の標的になり、多くの霊媒師が呪いをかけていたといいますから、その激烈ぶりがうかがえます。

しかしフーディーニ本人は、「3度の飯より喧嘩好き」と言われるくらいの人。呪いをかけられて怖がるタイプではなく、むしろ闘志に火がつくタイプなんですね。裁判でも徹底的に闘い、多くの霊媒を刑務所送りにしました。

そうしたことから、スピリチュアリストの中には、フーディーニのことを頭ごなしに否定する安直な否定派のように思っている人もいるようですが、実際にはそんなことありません。

彼は研究熱心で、対象についての事前調査を怠らず、証拠をもとに批判を行うタイプ。日本の某タレント教授とは大違いです。フーディーニはアメリカ全土の霊媒師を相手にするので、私的に調査員を組織していました。自分が行けない場合は、部下の調査員に事前調査をさせていたんです。

もちろん、可能な場合は自ら調査に出向きます。時には変装もし、近視を装ってメガネをかける際には、霊媒の細かな動きもよく見えるように拡大レンズを仕込んでいたといいます。

また自信過剰なマジシャンが陥りがちな、「マジシャンの経験と知識があれば、霊媒師に騙されることはない」という幻想も抱いてませんでした。彼は次のように語っています。

「自らの目的のためには財産や品位さえもものともしないニセ霊媒師の技を、すべて見抜いたり再現したりするなんて不可能だ。また霊媒が行う術の多くは、その状況や瞬間にとっさの直感でひらめくものなので、彼ら自身だって再現することはできない」

フーディーニというと、その派手なインチキ暴露と激烈ぶりが強調されがちですが、実は隠れた工夫や冷静さも忘れない人だったようです。こういったところは、現在でも海外の有名な懐疑論者から目標とされる理由のひとつなのかもしれません。

私が好きなのも、彼の有言実行する揺るぎない行動力と、派手さの裏にある地道な調査や冷静さだったりします。