本城です。

二日前の土曜日のことですが、ASIOSメンバーの羽仁礼さんが今月末から海外へ行くことになってしまったので、その送別会をしてきました。参加者は東京メンバーを中心に、羽仁さん、私、NAZOOさん、ワカシムさん、ペンパルさん、石川さん、ナカイさんの計7人。いつものごとくUFOから奇現象まで、バラエティに富んだオカルト話をしながら楽しい時間をすごしてきました。

さて、その送別会の主賓だった羽仁さんですが、日本での知名度は業界でも知る人ぞ知るではあるものの、それほど高いわけでもないので、ASIOSのサイトを見て初めて知ったという人もいるかもしれません。

そこで今回は、餞別も込めて羽仁さんとの関わりやその紹介を少し書いてみたいと思います。

まず羽仁さんといえば『超常現象大事典』。日本で出版されている類似の事典の中では、情報量と質においてこれがベストだと思います。事典を書くくらいですから、超常現象関連の知識は半端じゃありません。

でも羽仁さんの特徴は、知識だけじゃなく、実際に現地に行って調べてくる行動力もあること。これまでいろいろなオカルトの現場へ行ってきたようです。実は、この公式ブログや公式サイトの右上にある写真は、ほとんどが羽仁さんに提供してもらったものなんですよ。行動力がありますよね。

さらに占星術もプロ並みに得意。英語、アラビア語、フランス語が使用可能なため海外情報にも滅法強い。昨年には「ゴーストハント」というオカルトアニメの解説も書いたりしています。

しかしこれだけの知識と行動力があるのに、「何も信じてない」んだそうです(笑)。これを聞いたときは「こんな稀有な人が現実にいるんだな~」と驚いた記憶があります。普通はあれだけ詳しくて、しかも懐疑論者じゃなかったらビリーバーになってもおかしくないと思うんですけどね。

懐疑的な情報があればそれはそれで受け入れつつ、超常現象に対する興味は決して失わない、という点では本当にお手本にすべき人だと思います。さて、そのような人ですから、ASIOSをつくろうとしたときは3番目に誘ったのが羽仁さんでした。そのときは「羽仁さんに加入してもらえたら、これから誘う予定のメンバー全員に断られてもかまわない」と思っていました。

だから実際にお誘いして快諾してもらえたときはすごく嬉しくて、「これでやっていける」と自信になったのを覚えています。

ちなみに、このときは都内で羽仁さん、ワカシムさんと食事をしたのですが、その時に私が考えていた「ASIOS」(アシオス)と「「Association for Skeptical Investigation of Supernatural」という名前を、英語の堪能な羽仁さんに見てもらいました。

そして文法的に間違いないこと、単語でも変な意味はないことをチェックしてもらったので、その時に初めて名前が決まったんです。だからこの日は大きな前進のあった思い出深い日となっています。

なお、その後も羽仁さんとは2007年7月の初総会(このときは「パレンケの石棺」がデザインされたTシャツを着てました 笑)、10、12月の飲み会、さらには今年の3月にプロの霊能者をテストしたときなど、コンテンツとして表には出ていませんが、ASIOSで集まりがあればよく参加してもらっています。

また先日の送別会では、今後のASIOSの運営に関わる重要な資料や、『超常現象大事典』の3倍近い情報量があるCD-ROMを譲り受けました。冒頭でも触れたように今月からはしばらく海外へ行ってしまうので、これまでのように定期的に会うことができないのは大変残念ですが、ASIOSのことを考えて渡していただいた資料はしっかり活かしていきたいと思います。

また最後になりますが、これまで羽仁さんをご存知なかった方には、こういう稀有な人も日本にいるんだ、ということを知ってもらえたら嬉しいです。