こんにちは。蒲田です。

雑談の話になりますが、懐疑論者の中では「もともとビリーバーだった人の方が優れた懐疑論者になりやすい」とか「ビリーバー的な要素を秘めたままの懐疑論者の方がすばらしい人が多い」なんて話が、単なる思いつきのように口から出ることがあります。

他の人は、もしかしたら根拠があって言っているのかもしれませんが、私は妥当な根拠なしに納得しています(笑)。

ちょっと考えてみると、ハリー・フーディーニとかカール・セーガンとかは、ビリーバー的な要素を色濃く秘めている人だったと思います。逆に、ジェームズ・ランディとかマーチン・ガードナーとかは、そういう雰囲気を感じないので、反例といえるかもしれません(どうなんですかね?ウィザードさん、ワカシムさん)

話は単純で「超常現象に興味を持っているか否か」にまとめられるのかもしれません。つまり、すばらしい批判をするにはその批判対象についてよく知っていなければならないけれど、もともとビリーバーだった人や、ビリーバー的要素を秘めているひとじゃないと、なかなか「超常現象を深く知る」という基準をクリアするのが難しいとかいうことかも。

そう考えると、JapanSkepticsのような団体よりも、本来は面白がっているだけだったはずのと学会の方が、超常現象のデバンキング内容が高く評価されているのも納得いきますよね。

もし、今、超常現象ビリーバーなら、超常現象に関する興味を持っているということだと思います。そういう人は優れた懐疑論者になる可能性を持っているといえるかもしれません。あとは、行動を起こして色々と調べてみるといいかも。